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Wounded Mass - ss:29

死の翼舞い降りるとき

 渚カヲルが転入してきた。
 レイはカヲルにも他の男子生徒同様格別の関心を持たない素振りだったが、
他の女子生徒はみなこの新しい仲間に興味津々だった。
 「カヲル君どこから来たの」「どこに住んでるの」「勉教できるの」「好きなこと、
ある」
 カヲルがそうした雑多な質問に一つずつていねいに返答するのを、レイは自分の席から
ぼんやりと眺めていた。
 ふと気づくとその中にはアスカも、ヒカリもまじっていた。
 ふたりとも、カヲルとすでに知り合いであることを隠そうとしているのだとレイは
思った。今や、トウジのほかヒカリまでがエヴァンゲリオンのパイロットに
任命されたことが周知となっていて、チルドレンであること自体のものめずらしさ、
特異性、あるいはある種の羨望や疎外感などは、少なくともこの教室の中では
ほとんどなくなっていた。
 あの、相田ケンスケでさえが、一時はあれほどなりたいと願っていた
エヴァンゲリオンのパイロットになれなかっという本当に激しい挫折感を今では
すっかり克服して、チルドレンと対等の気持ちを取り戻していた。
 実はレイは相田ケンスケの悲しみに同情して、後ろめたくもあったが、
ほんの少しだけ前向き思考に相田ケンスケを誘導したのだった。
 それはほんとうに軽い接触で、相田ケンスケはおろか、チルドレンの中でもおそらく
カヲル以外にそれとわかる者はいないと思われるほどの動機づけだったが、
相田ケンスケはその「自分には自分の生き方があるはず」という思いつきを
完全に自分の発想と信じて、エヴァンゲリオンのパイロットに選ばれなかった
挫折感を自分の中で納得することができたのだった。
 今、シンジとトウジは相田ケンスケと三人で、女子生徒に取り囲まれたカヲルを
眺めていた。
 「どや、センセイ、自分もあれくらいもてたい思うとるんやろ」
 「余裕の発言といきたいところだけど、トウジだって心穏やかじゃないんじゃないの、
委員長までが、ほら」と相田ケンスケ。「まごまごしてると、奪われちゃうかも
しれないぜ」
 「ヒカリはそういう奴やない」トウジは腕を組んだ。「ワシにはわかっとるわい」
 トウジの呼吸が心なしか荒くなったのに気づいてレイはくすりと笑った。
 「妬いてるの」レイは軽い調子の思念を送った。
 「アホ抜かせ、ヒカリは惣流といっしょで、仲間に気取られんように演技しとるだけや」
 「委員長は将来アカデミーだって取れそうだよ、トウジ」シンジのからかうような
思念がはいった。
 予鈴が鳴ったが騒ぎはおさまらず、ついに教師の入室によりヒカリの「みんな席に
着いて、起立、礼、着席!」の声でようやく収束したかにみえた。しかし、
その日の授業はみな上の空で、キーボードの音が響き渡りパケットが飛び交った。
 教師はそんな空気に動じることもなく淡々と授業をこなし、最後にお約束のような
昔話を終鈴の音に打ち切られて教室を後にした。
 短い休み時間は又してもカヲルを取り巻く女生徒たちの質問攻めによって
あっというまに消費され、昼休みも午後もその光景がくり返された。
 終業。
 レイは三人組みがシンジの机に集まっているのをながめていた。
 「よう飽きんのう」トウジがあきれたように声高に言った。「男なら他にもぎょうさん
おるというのになあ」
 「あんたとは格が違うのよ」一人の女生徒が振り向き、からかうように答えた。
 「渚君すてきー」もう一人が調子を合わせた。
 「やれやれ、この騒ぎ、いつまで続くやら」相田ケンスケがあきらめたような口調で
言った。「元々影が薄いぼくたちはますます用済みってわけか」
 「じゃあ僕はここで失礼するよ」カヲルの声が高らかに宣言した。「今日はこれまで、
続きはまた明日にね」
 女生徒から一斉に不満の声が上がったが、嫌われるのを恐れてかそれ以上の抗議は
なかった。
 カヲルは席を立ち、カバンを手に取ると、三人に向かって軽く頭を下げた。そして
「やあ、そこにいるのは碇シンジ君、鈴原トウジ君だね、エヴァのパイロットだってね」
 カヲルは三人の机の前に立った。
 「仲間になれて光栄だよ」
 「ええーっ」クラスは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
 「予備だよ、補欠だよ、新しいエヴァはもう来ない。僕は控えなのさ、綾波さんと
同じようにね」
 そしてカヲルは相田ケンスケに向かって言った。「今日だけふたりを借りてもいいかな。
初めての事なのでね、申し訳ないが」
 相田ケンスケはうなずいた。「ああ、ぼくらはいつでも会えるからね。じゃまた明日な」
そして立ち上がり手を振って別れを告げた。
 「すまんな」トウジは相田ケンスケの背中に声をかけた。
 相田ケンスケは振り向かないまま片手を上げて応えた。
 「打ち合わせ、しようか」シンジが言った。「場所、どこがいいかな」
 「ミサトさんはどうなんや」トウジが聞いた。
 「今日も遅いよ、このところずっと。帰ってこない晩もある。ビッグ・ブルーの
データ分析でリツコさんと本部にはりついているんだ」
 「ほなセンセイとこ、借りるか、なあ」とトウジはカヲルに同意を求めた。
 「どこでも構わないよ、僕は」
 そしてそういうことになった。
 レイはアスカとヒカリといっしょに三人の少し後から教室を後にした。そして、
帰り道でコンビニエンスストアにより、てんでに飲み物やスナック菓子を買い求めた。
 アスカは玄関の呼び鈴を押してシンジに出迎えさせた。
 「待ってたよ」
 「アンタ達の分も買ってきてあげたわよ」アスカは汗をかいた白い袋を差し出した。
 「あ…ありがとう」シンジは袋を受け取り中をのぞき込みながら三人を中に入れた。
 トウジとカヲルは居間の床に座って待っていた。
 台所の食卓には六人分の椅子はなかったからこれは妥当だとレイは思った。
 全員は車座になって座った。レイの右側にシンジ、トウジ、ヒカリ、アスカ、
カヲルの順だった。
 アスカは一人一人にペットボトルのジュースを配った。「まずは乾杯しましょ」
 「そうだね、アスカ、退院おめでとう」とシンジが応えた。
 「カヲル、ようこそクラブ・チルドレンに」アスカが言った。
 「使徒の来ない世界に」とヒカリ。
 「ぼくを迎えてくれた世界に」とカヲル。
 「戦いのない世界に」とレイ。
 全員の視線がトウジに向けられた。
 「…ヒカリ、おめでとう、みんな、おめでとう」
 全員の口から微笑がこぼれ、ペットボトルの乾杯は終わった。
 「作戦会議だ」シンジは半分飲んだペットボトルを床に置くと、全員をみまわして
言った。「これまで僕達はネルフの命令のままに使途を倒してきた。使徒のいなくなった
世界でネルフが次に取りかかるのは『人類補完計画』。その内容はもう知っているはずだ。
僕達は何としてもこの計画を阻止しなければいけない。そして、ぼく達はそれが出来る
唯一の立場にある。少なくとも僕達が抵抗しなかったら『人類補完計画』は間違いなく
発動するだろう」
 「アタシにはまだピンとこないんだケド」アスカはペットボトルからもう一口飲んだ。
「ヒトの心の統一と解放って具体的に何をどうするつもりなのかしらね」
 「それだけじゃない、使徒が来なくなることでいろんな状況が変化することも
考えないと」
 「はっ、それどういう意味」
 「たとえば、エヴァは使徒迎撃のために造られ運用されてきた。では使徒の
いなくなった今、エヴァの使いみちはどうなるの、特務機関ネルフはどうなるの」
 「そんなこと大人が政治の席で決めることじゃない、アタシ達には関係ないわ」
 「そうとも言い切れないよ」
 「シンジ、アンタ一体何が言いたいワケ」
 シンジは親指の爪をかんだ。そして、言葉を選ぶように慎重に話し始めた。
「国連はネルフを解体してエヴァを直接管理したいはずだ。父さんがそれをむざむざと
認めると思うかい。ネルフは表向き国連の下部組織だけれど、半分はゼーレのものだ、
そして父さんは国連のためにではなく、ゼーレのためにでもなく、
自分自身のために行動している」
 トウジがぎょっとした口調で聞いた。「国連から解体命令が出とるんかい、すでに」
 シンジは首を振った。「知らない。多分まだだと思う、でも近い将来きっと
そうなるだろう」
 アスカはあくまでマイペースだった。「使徒のいない世界にネルフは不要か。
勝手な理屈ね、大人ってのはどうしてそう…」
 「ネルフにはまだ使いみちがあるという理由が必要だということだね」カヲルの発言に
みなうなずいた。
 シンジは聞いた。「カヲル君、何かアイデアがあるの」
 カヲルはうなずいた。「これは」とカヲルは全員に思念のイメージを送った。
「五号機が初めてビッグ・ブルーを偵察したときのデータだよ。ヒカリさん、わかるね」
 「ええ」ヒカリはうなずいた。「全部私が取ったものだわ」
 「ここと…ここ」カヲルは一見して何の関係もなさそうなふたつの電波の波を示した。
「それともう一つ」
 「これ…が、どうしたちうねん」
 「時系列で、しかも空間軸の移動を補正する…こう」
 「ああっ」全員が叫んだ。
 「極めて指向性の強いレーザーが、一直線につながる。片方は射手座に、そして
発信元はビッグ・ブルー。これは何を意味するかな」
 一瞬の沈黙が全員をつつんだ。
 「救難信号、かな」
 「シンジ君もそう思うかい、僕もだ」
 ヒカリは不安そうな口調で言った。「全然気がつかなかったわ、私データ収集に
夢中だったから」
 「もちろん気がつくはずはないさ、この波はその時はまだ
存在していなかったんだからね」
 「な、何やてぇ」
 「それ、どういうことっ」
 カヲルは微笑を浮かべた表情で答えた。「しょせんコンピュータのデータなど
いくらでも改竄できるという意味だよ、それだけのことさ」
 「じゃこれはカヲル君が…」
 カヲルは首を振った。「僕は何も知らないよ、そしてデータは採取されたときから
存在していたんだ」
 ヒカリは思慮深い口調で言った。「ネルフがこの事実を公表したら、大変な騒動に
なるわ…使徒の再来もあり得るということだから」
 「後は、ネルフがいつこのデータに気づくか、そしてどういう方法でこれを使うか、
お手並み拝見というところだね」
 「考えられる選択肢はみっつ」レイは言った。「マスコミを通じて公表する、
国連の秘密委員会に報告する、ゼーレ経由で各国首脳に連絡する」
 「どの方法であれ、情報が流れればネルフの寿命は伸びるということね」とヒカリ。
 「人類補完計画はどうなるのかな、こういう選択肢もあるわね、
次の使徒が現れるまでにすませてしまおうという」アスカは疑問を呈した。
 「うむ、父さんがどう考えるかにかかっている…おそらくゼーレはあせって
いるだろう、聞けばゼーレの委員たちはもう相当な年配者がほとんどだ。これ以上、
また十五年も待つのは耐え切れないんじゃないかな」
 「ふぅむ、ではこの事実では人類補完計画を阻止することはできないと思うんだね、
シンジ君」
 シンジはうなずいた。「そう思う。逆に、次の使徒が現れる前に済まそうと、
発動を急ぐ可能性だってあるかもしれないよ」
 「そら無茶苦茶やな、人類補完計画が発動したあとの世界に使徒がもし現れたら
どうするつもりや」トウジは腕を組んだ。
 シンジはうつむいた。「人類補完計画が発動すればもうそんな心配はいらない」
 「ヒトの意識を生きたままで統合することなどできないからね」カヲルが後を受けた。
 トウジは絶句した。「…ワシらみな…」
 「統合された一つの意識になる、もはや身体は必要ない、そういうことだねシンジ君」
 「人類補完計画が極秘扱いになっている理由はそれだっていうワケね、あきれたわ」
 シンジは顔を上げた。「現状分析はこんなところか。じゃあぼく達はどうすれば
いいかだね」
 「人類補完計画にはあの槍が必要だってことは確実だわ」ヒカリが指摘した。
「そうでなければわざわざ月まで回収に行く必要性がわからないもの。
ビッグ・ブルーの発見はあくまで添え物。目標は槍だったはずよ」
 「槍を扱えるのはエヴァほどの図体のあるものだけだ、なにしろあの大きさだからね」
 「少なくともエヴァの一体は人類補完計画の発動のために必要なはずだ、
もしぼく達全員が搭乗を拒否したら…ああだめだ、ダミープラグがある」
 「すると、MAGIとダミープラグの連絡を遮断する必要があるわけだね、または
ダミープラグそのものの破壊かのどちらかが必要ということだ」カヲルは全く変らない
口調で指摘した。
 「ええ」レイはうなずいたが、もしもダミープラグを破壊しなければならないと
いうことになったら、選ばれなかったレイの姉妹たちの運命は決る。それを思うと
どうしても自分を押さえることができなかった。
 レイは無言で歯を食いしばった。
 「どうしたの、綾波…泣いてるの」
 「わたしはダミープラグを構成していた要素のひとつだったから…」
 「それ、どういう意味なの」
 「わたしが死んでも代わりはいるもの…そういうことなの」
 それを聞いたカヲル以外の全員が息を飲んだ。
 「槍を地下に降ろすのに、綾波が初号機を使ってまでぼく達に知らせたくなかった
事って、それなの」
 「そのうちのひとつ」
 「他にもあるのか…なんてことだ」
 「碇君知らないはずないのに」レイは極端にしぼり込んだ思念を注意深くシンジに
送った。シンジとは記憶を共有していることを指摘したのだ。
 「だって…綾波の記憶をいじくるのって…何か悪いような気がして」というのが
シンジの回答だった。
 碇君らしい、とレイは思った。私はひまなときはいつも自分の中のシンジと会話を
交わしているというのに。
 トウジの声が飛び込んできた。「綾波、ここらで一つ、ワシらの知らんことで自分の
知っとること全部教えんかい」
 レイは黙ってうなずき、全員に、居合わせた全員だけに向けた思念で情報を送った。
特務機関ネルフに関する膨大な情報、自らの出自とそれに伴う赤木リツコの役割、
赤木リツコと総司令碇ゲンドウとの関係、碇ゲンドウと国連の関係、ゼーレとの関係、
ゼーレの構成」
 「…たまげたな」トウジが絞り出すような声で感想を述べた。「ワシら、使徒迎撃
という美名の元にこんな陰謀まがいの動きに流されとるちうことか…」
 「しかも、その流れの中心にあるエヴァを動かせる唯一の立場なんだよ」シンジは
ぽつりと言った。
 「何やこう、気分が萎えてくるな」トウジはつぶやいた。「ワシは今までエヴァに
乗るちう行為は使徒の襲来から全人類を守るという正義の為やと思うとった…」
 「それも真実の一部、忘れないで」レイは指摘した。「エヴァがいなかったら、
私たちは最初の使徒の襲来で滅亡していたわ」
 「分かっとるっ、分かっとるわいそれくらい」トウジはうつむいたままで言った。
組んだ足の黒いジャージに涙がしたたり、黒い色をさらに濃くした。
 ひざの上の手にヒカリの手が伸びた。「トウジ」
 トウジは鼻をすすって顔を上げた。口を堅く結んでいた。そしてうなずいた。
 「センセイ、人類補完計画、何としても阻止したる、ワシには到底受け入れることなど
できんわ」
 シンジはうなずいた。「ありがとう、みんなも協力してくれるよね」
 レイは黙ってうなずいた。
 「あったりまえじゃん、そんなこと今さら確認してどうするのよ」とアスカ。
 「これが僕の運命なんだね、君たちに協力することが」カヲルもうなずいた。
 「ええ」ヒカリも同意した。
 「何から始めたらいいかな」とシンジ。
 レイは口をはさんだ。「悩む必要はなさそう。気がついて、この殺意と敵意」
 「え…」全員がレイの受信した思念の発信元を確認した。
 「何てこと…」ヒカリが絶句した。「戦略自衛隊の特務班が」
 「ネルフをねらっとる、急いで本部に知らせんとエラいことになるで」
 「移動しよう」シンジは立ち上がった。「作戦開始までまだ時間がある。
中で応戦したほうが有利だ、エヴァもあるし」
 「ともかく行動や」トウジも立ち上がった。「センセイ、情報の出所など
どうでもええから、ミサトさんに報告や」
 「まだ時間はあるよ、本部にはいってからでも間に合う」
 「そ、そうか…そうやな」
 レイはミサトに接触した。そして「葛城三佐、テレビに出てる」
 「ええっ」シンジはリモコンを操作してテレビの電源を入れた。全ての放送局が
通常番組を中断して葛城ミサトの記者会見を中継していた。
 「ルーと名付けた使徒の育成基地を破壊することに成功しました」
 「父さんはどうしてこれを…今、いないんだ、副司令とふたりでニューヨークに、
国連本部に行ってる…」
 「じゃあこれ、ミサトの独断で?」アスカがあきれたように言った。
 「これは…ミサトさんは気づいたんだ、戦略自衛隊の動きに。それで、
戦自の動きを牽制し、封じ込めようとしているんだ」
 「しかし、一つ残念な報告があります。育成基地を破壊する過程で収集した膨大な
記録の中から、私たちは戦闘中におおむね射手座の方角に対して極めて強力な
収束電波が発射されていたことを発見しました。おそらく、基地からの救難信号と
思われます。つまり、使徒を育成していた何者かはより深い宇宙のどこかに
存在しており、月の基地が破壊されたことを知ることになる…つまり使徒の脅威は
去ったがそれは一時的なものでしかないということです。
 「次の使徒がいつ現れるか、明日か、来週か、来月か、それとも十五年先なのかは
現在判明しておりません…」
 シンジはテレビのスイッチを切った。「残りはミサトさんの思念から直接聞こう、
とにかく今は本部に行くんだ」
 全員は立ち上がり葛城ミサトの部屋を後にした。
 「時間がない、タクシー使おう」シンジが提案し、返事も待たずにタクシーに
手を振った。
 客を7人まで乗せられるワンボックスが通りかかり、チルドレンを乗せた。
 「ネルフ本部まで…このカード、使えますか」シンジは指示と質問を同時にだした。
 「はい、おやぁ、あんた達、ネルフのパイロットさんだね、全員そうなのかい」
運転手は振り向いた。そしてシンジの差し出すカードをろくに見もせず発車させて
運転しながら続けた。「ラジオで聞きましたよ、使徒の巣をやっつけたんだってね、
めでたいよ、ほんとに。ご苦労さんだった」
 「あ、ありがとうございます」シンジは答えた。「それで、このカードは」
 「何、お代はいらないよ、こんなめでたいことなんだ、金なんかもらったらばちが
当たるってもんだ」
 「え、そ…そんな…」
 「いいから、いいから」運転手はもう支払いのことにはふれてほしくないという
思念を飛ばしていた。本心なのだ。
 「それじゃお言葉にあまえます。どうもありがとうございます」
 全員が唱和した。「ありがとうございます」
 「いいってことよ」
 しばらくの沈黙の走行の後、タクシーはピラミッドの正門前車寄せにはいった。
 「ご到着、さあどうぞ」運転手は乗降用の扉を開いた。「帰って仲間に自慢できるぜ、
俺は今日ってこの日にネルフのパイロットのみなさんを乗せたんだ、ってな」
 「本当に、ありがとうございました」
 頭を下げ、あるいは手を振って別れを告げるチルドレンを残してタクシーは
走り去った。
 「急ごう」シンジはみなをうながした。「記念にサインくれとか言われるかと思った」
 「シンジ、余裕の発言ね」金髪が流れるようにゆれた。
 全員が正面玄関から本部内にはいると、トウジは守衛室の守衛を呼び出した。
 「全館のシャッター降ろしてくれ、大至急や、ワシら戦自がここをねらっとるいう
情報を手に入れたんや」
 「え、急にそんなこといわれても…」守衛はとまどったように答えた。
 シンジは壁際の通話装置で葛城ミサトを呼び出した。「ミサトさん、放送ごくろうさま、
知ってるんでしょ、戦自の行動。すぐに全館非常体勢にはいって、ぼく達全員正面玄関の
ロビーにいます。すぐにピラミッドを封鎖してっ」
 「シンジ君それどこで知ったの、まあいいわ」葛城ミサトはためらわなかった。
 天井の拡声器から葛城ミサトの声が響いた。「非常事態発生!全館第一種戦闘態勢に
移行、全ての出入り口を封鎖せよ、警備隊は撤収、誰一人外に残すな。監視カメラ全開、
赤外線探知機感度最大に、生体反応検知よろしく」
 分厚い戦闘用の掩蔽扉が重々しく下がって正面玄関を封鎖し始めた。外の警備隊員が
あわててその下を駆け抜けた。
 レイはその扉がもっと緊急を要するときには床からもせり上がって閉鎖時間を半分に
できることを知っていた。その時には、外の歩哨は運がよければ正面玄関脇の
非常扉からの撤退の道が残されるのだ。
 あちこちから緊急事態を知らせる警報音が鳴り響いた。耳をつんざくような刺激的な
警報は、戦自の特務隊員に対して、ネルフが迎撃体勢にはいったことを知らせていた。
 チルドレンが作戦本部にはいると、葛城ミサトはいつもの位置に立ち、両腕を組んで
いた。
 「ミサトさん」シンジが声をかけた。
 葛城ミサトは振り向いた。全身が緊張でこわばっていた。「いらっしゃい、
よく分かったわねこの事」
 「ミサトさんこそどうして…」
 「加持が置いてった資料の中に、内通者の一覧があったのよ。そいつらを重点的に
監視していただけ」
 「ぼく達は…集まっていろんな可能性について話しあっていたんです、
それであの放送を聞いたから、事態は想像よりずっと早く動いていると思って」
 葛城ミサトの目が一瞬細くなり、元に戻った。「信用しとくわ、今のところは」
 「非番の人達は…どうなるんですか」
 葛城ミサトは視線をシンジから大画面に向けた。「緊急非難通路にたどり着ければ
ここに来れるわ、それより」
 葛城ミサトは正面の大画面を見上げた。
 「戦自の特務班は食い止めた、次はあれよ」
 大画面には、白く輝く無気味な飛翔体が映し出されていた。その数十二体。
 「量産型エヴァよ…ここをねらっているわ」
 作戦本部は水を打ったような静けさに包まれた。
		

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