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Wounded Mass - ss:25

槍を持つ者、忌み嫌うもの

 作戦司令室というのはたとえ非戦闘状態でも緊張した空気に包まれているものだとレイは思った。
 いまだに意識の戻らないアスカ以外のチルドレンが呼び出され、四人はひとかたまりになって
司令部の一番端に立っていた。
 中央には葛城ミサトが立ち、巨大スクリーンに映し出された画像を見あげていた。
 それは簡単な曲線からなる動画で、月を表す円と、その外側にやや不規則な軌道を描いて
小さな点がやがて消える短い残像を残して移動しているものだった。
 「それで」葛城ミサトは説明を要求した。
 「ロンギヌスの槍を捕捉することに成功して、軌道を記録しているのですが、この軌道に
不審な点があるのです」日向マコトが答えた。「軌道の図をご覧いただければ一目瞭然です」
 「ふうむ…」葛城ミサトはしばらくスクリーンに映し出された軌道をながめていた。
「で、どう変なの」
 「槍は極軌道をとって月を周回しています。そして、北極で地平線に隠れる所で急に高度を
下げているのです。にもかかわらず、南極から出現するときには元の高度に戻っている。
これは月の裏側で槍を引きつけ、そしてまた突き放している何物かが存在していることを暗示しています」
 「ふうむ」葛城ミサトは首をかしげた。「槍が高度を下げ、それから高度を上げている…
可能性はふたつか。槍が降りたがっているが反発されているか、槍は降りたくないが引かれているのか…
どちらにしても槍に対して何らかの影響を与えている物が存在しているということだと言いたいわけね」
 「MAGIは全会一致でその意見を支持しています」伊吹マヤが引き取った。
 葛城ミサトは固まって立っているチルドレンに顔を向けた。
 「そういうわけなのよ、ちょっと行って見て来てくれないかしら」
 「はあっ、つ、月ですかぁ」
 「そう、月まで。片道約四時間てとこね。むこうでの活動含め、計約十時間の作業になるけど、
お願い」
 「活動限界ぎりぎりですね」
 「私は残るの?」
 「レイ、あなたは行けないわ。ここで待機してちょうだい」
 「はい」
 「シンジ君、初号機もATフィールドの使い方をマスターすれば飛べるはずよ、トウジ君からやりかた
教わって」
 「わかりました」
 「そしたら、ヒカリさんの完熟操縦をかねて三機で偵察に行ってもらうわ。そして、あわよくば
ロンギヌスの槍を回収してほしいのよ」
 「それは可能ならでいいわけですか」
 「実はそれが目的なの」
 「最初っからそう言うてくれればええのに」
 「じゃ、出発は明日朝〇八〇〇、それまでに全部準備して」

 翌朝、チルドレンはプラグスーツに着替え、最後の作戦計画打ち合わせにはいった。
 レイも同様のスーツ姿で加わった。
 「まずは四号機と五号機で初号機を持ち上げてもらうわ」葛城ミサトは気がかりな様子で言った。
「シンジ君、間違いなく飛べる技術、身につけたわね」
 シンジはうなずいた。「昨日、トウジから教わった通りにやって、うまくできましたから」
 「じゃ、三機同時に打ち上げましょう。ヒカリさん、あなたも大丈夫?」
 ヒカリもうなずいた。「訓練で何度か試してうまくできています」
 葛城ミサトは何度も頭をたてに振った。「よぉし、ヒカリさん、五号機は情報収集を主目的に
設計された機体だということは了解しているわね。作戦司令室とエヴァの交信は基本的に全部五号機を
経由して行います、これも訓練のうちよ。もちろん残りのふたりも交信を直接を傍受し、
答も出来るけれど、まずヒカリさんにやらせてやって」
 「はい」
 「了解です」
 「軌道計算は終了しているわ。〇八〇〇に離陸したあとは、作戦司令室からの指示に従って加速、
一気に月まで行ってもらいます。そして、五号機は月の北極上空に待機、初号機と四号機は裏側に
まわって、そこで槍に何がおきているのかを観察してちょうだい。あなた方との直接交信は
できなくなるから、五号機が中継するのよ、わかって?」
 全員がうなずいた。
 「槍の不可解な軌道変更の原因が何かにもよるけれど、最終的には槍を回収して帰還する、
これが今回の作戦目的であることを忘れないように」
 「月の裏側で何がおきているだろう」シンジはつぶやいた。
 「それが分からんから調べに行くんやないのか、ワシらは」
 「うむ」
 「なんや気にいらんのか、それとも心配事か」
 「たとえ半日とはいえ、使えるエヴァが一機だけになるのが心配なんだ…もし使徒が侵攻して来たら」
 「その時は私が出る」
 「綾波一人で使徒と戦ったこと、ないだろう」
 「私もチルドレンよ、使徒と戦うために存在しているチルドレン。だから戦う。それだけよ」
 「世界中の探知網は、それでなくてもあなたたちが月に行くっていうんで、一心不乱に
耳をそばだてているわ」葛城ミサトがとりなすように言った。「使徒の侵攻、その兆候は
いつもよりはるかに早く探知できるはずよ。そうしたらただちに帰還すれば」
 「気休めですね。わかりました。綾波、そんなことになったら、僕たちが戻るまでの間、
ここを守ってよ」
 「倒すわ」
 「無理しないでよ、約束だよ」
 レイはうつむいた。
 確かに、これまで単独で使徒と戦ったことはなかった。いつも初号機がとなりにいた。
 レイは歯を食いしばって顔を上げた。「分かった」
 「じゃ、みんなエントリープラグに潜って」葛城ミサトが声をかけた。「レイ、あなたはここで待機」
 「はい」
 シンジはまだぐずぐずしていた。
 「綾波」
 「なに」
 「…行って来ます」
 「気をつけて」
 「綾波も」
 「分かった」
 ヒカリもトウジも声をかけなかった。ふたりの間に割ってはいるのがはばかられるのは明白だった。
 ついにシンジは両手をきつく握り締め、レイに背を向けるとエントリープラグに向かった。
 ヒカリはレイに手を振り、トウジは親指を立てて別れを告げた。
 わずか半日の別行動に過ぎないのに、どうしてこんなに不安なのか、レイにはその理由は
分からなかった。
 「五号機パイロット、エントリープラグ搭乗」
 「四号機パイロット、エントリープラグ搭乗」
 「初号機パイロット、エントリープラグ搭乗」
 「五号機起動開始、起動手順1より正常実行中…絶対境界線突破、起動成功」
 「四号機起動開始、起動手順1より正常実行中…絶対境界線突破、起動成功」
 「初号機起動開始、起動手順1より正常実行中…絶対境界線突破、起動成功」
 「全機、発進」
 三機のエヴァンゲリオンが轟音とともに射出された。使徒の迎撃目的ではないため、最短距離で
地上に昇った。そして、三機はそのままATフィールドを展開すると並んで上昇して行った。
 レイは巨大スクリーンに投影される機体が小さくなっていくのを見つめた。
 やがて機影は黒い点になって消え、その後しばらくして偵察衛星が一瞬の間三機を捕らえたが、
それもすぐに輝く星の間の闇にとけていった。
 レイはシンジの意識とゆるく接触していた。
 真空の宇宙空間を切り裂く機体の中でパイロットはゆったりした姿勢を取っていたが、
みな無言だった。
 そのかわりに四人の思念は昨日、葛城ミサト経由で入手した加持ファイルの情報の解析について
いそがしくやりとりを続けていた。
 「人類補完計画っての、具体的になにをする計画なんだ」
 「これだけでは情報が足りないわ、綾波さんあなたまだ何か持っていない?」
 「これで全部。初号機とは今でも接触することができるから、もしかしたら何かわかるかもしれない」
 「古い記録だし、まだ具体的な手法は研究を始めていない段階の理念だから、どうやって実現する
つもりなのかまではわからない」
 「そう、むしろ、あの時点では何をするのか、使徒の殲滅だけでいいのかどうか、ネルフの
ひと達にもわかっていなかったんじゃないかと思う。多分もっとたくさんのいろいろな案が
検討されていて、人類補完計画はその中のひとつだったのかもしれない。そして、あの時点から
人類補完計画は他の案を押しのけて、使徒の殲滅と同じにくらい重要な作戦になったのよ…
もしかしたらそれ以上に」
 「綾波はどうしてそう思うの」
 「碇司令」
 「父さんが、どうしたの」
 「碇司令はユイさんを深く愛していたにちがいない、としたら、サルベージに失敗したユイさんと
もう一度会いたいんじゃないかしら」
 「何てこと…綾波、それは…あんまりだ…ひどい、ひどすぎる…」
 「なんや、センセイ、何そんなに興奮しとるんや」
 「だってそうじゃないか、たった一人の個人的な欲望のために、全人類を巻き込もうだなんて
そんなのひどすぎる。もしそれが事実だったら、人類補完計画はなんとしても失敗させなければいけない、
いや、始めさせてはいけないんだ」
 「碇君、それは決めつけよ、想像でしょ、碇君の。もっと情報を集めましょう、それから判断するのよ」
 「ああ…そうだね委員長、確かに僕の想像が先走ったみたいだ」
 「ごめんなさい、私の発言が軽率だったのね」
 「そんなことないよ、綾波は正直な感想をくれたんだ、重要なヒントになるよ、きっと、そうなる」
 「しかしこの人類補完計画ちうやつには一つだけええことがあるな」
 「何だい、それは」
 「この月に向かう退屈な時間を有効に使えるようになっとるちうことや」
 「ふっ、まったくだ、トウジ」
 場の空気がなごんだ。
 「地球って、本当にきれいね」ヒカリはカメラを操作して映像を表示させた。
 「宝石みたいだ、って言った人がいるね。そのとおりだ」
 チルドレンはしばらくの間、だまって地球の映像に見入った。
 「あんなきれいな場所を使徒に荒らされてたまるか…」
 「まったくやな、やりきれんわあれ見とると。あんなきれいな所でどんぱちやっとるのがもったいのうなる」
 「退屈そうね、みんな」葛城ミサトの声が割ってはいった。
 「そりゃ、何もすることがありませんから」
 「次のコース変更まで一時間あるわ、その間は寝てなさい。入眠脳波を送るから」
 「え…、それは」
 「どういう意味…」
 「起きたわね、時計を確認して。もうすぐ減速にはいるわよ」
 「あ…いつのまに一時間」
 「言ったでしょ、寝ててもらうって。だから寝てもらったの」
 レイは作戦司令室でこの一部始終を見ていた。
 葛城ミサトの命令一つで三人のチルドレンは何の自覚もないまま一時間の睡眠を取らされた。それを
レイはおそろしいと思った。
 「月がこんなに近くに見える」
 「ヒカリさん、あなたはこの宙域で待機、初号機と四号機にわたし達からの指示を中継してちょうだい」
 「了解しました」
 五号機が急速に遠ざかり小さくなって行った。
 「いよいよ裏側にはいるよ」
 「センセイも気ぃつけてな」
 「うむ、トウジも」
 「槍の現在位置は?」葛城ミサトの声が流れた。
 「地球側を南極から北上中、あと…五分で北極を通過します」
 荒涼とした月の表面がどんどん大きくなって来た。大小のクレーターが無秩序に並び、ところどころに
ある巨石が低い太陽の長い影を伸ばしていた。
 二機は下降を続けた。そこに何があるのか、地表に認識できるような、ATフィールドを
発生させられる何かの機構があるのかどうかを捜索する、それはほとんど闇雲な偵察行動に思えた。
 「僕達はATフィールドを発生させているのだから、この機体にも反応があってよさそうなものだけど」
シンジは口に出して言った。
 「せやな」トウジは考えこむ口調だった。「槍のATフィールドとワシらのではまた何かちがうもんが
あるちうことやろうか」
 地表が迫って来た。もうクレーターの石の一個一個が見分けられるほどだった。それでもその地は
荒れ果てた死んだ大地だった。地平線まで広がる灰色の無言の世界だった。
 その時、初号機と四号機からほとんど同時に悲鳴が上がった。
 「うぁあ」
 「何じゃ、ありゃあっ」
 「映像転送します。フォローよろしく」ヒカリが叫んだ。
 「これは…」
 作戦司令室の巨大スクリーンに写しだされた映像に、そこにいた全員が凍り付いた。
 「推定全長五百七十メートル、推定全幅二千三百メートル、パターン青、使徒ですっ」青葉シゲルが
分析結果を声高に報告した。「現在高度月面より約二千メートル、相対速度はゼロ、同一地点の直上を
ホバリングしている状態です」
 作戦司令室の空気は一変し、緊張感がみなぎった。
 レイは思わず両手を握り締めた。ここからでは何もできないことは分かっている。しかし、それでも
これまでに経験してきた使徒に対する反応はほとんど反射神経に組み込まれていた。
 スクリーンの映像は黒い革の羽根を持つ悪魔に似ていた。おおざっぱな人型で、全身は薄い灰色で、
光を反射してにぶく輝いていた。頭部には目も耳も鼻もなく、ただ口だけがあって、
今は閉じられていたがどれくらいの大きさまで開けるのかは分からなかった。肩の後ろあたりから両側に
長く突き出た翼はコウモリのように太めの骨格に薄い皮がはりついたような印象だった。
分厚い胸から腹にかけて短い毛が生え、両腕、両足も太く、長く、両腕の先には長い爪を持った指が
何本か見えた。両足の先はするどくとがった二本の爪が曲線を描いて逆向きに一本の爪と交差し、
鳥の足のような印象を与えていた。翼はいっぱいに広がった状態なのか、もっと広がるのか、
それとも固定されているのかは分からなかった。両腕は力なく胴体の両側に下がり、両足は膝を
軽く曲げていた。対象物がないので大きさが実感しにくいが、エヴァよりもはるかに巨大であることは
青葉シゲルの報告を聞けば明白だった。
 「あれはもうワシらに気づいとるな」トウジの声は緊張を隠していなかった。
 「うむ」シンジは同意した。「これ以上近づくのは危険だ、相手の出かたを待とう」
 「槍が北極を通過しました」ヒカリが報告した。「これまでの観測通り、高度を下げています、映像、
転送します」
 巨大スクリーンの隣の小さなスクリーンに槍の映像が現れた。そして今、五号機は槍を真後ろから
観察していた。つまり、現在の軌道で槍のめざしている地点が槍の背景に映し出されたのだ。
 「ああっ」
 作戦司令室の中に再び驚愕の声が上がった。
 「ヒカリさん、画像アップに」葛城ミサトが叫んだ。
 「了解」
 「どう思う」
 「どう見ても人工の建造物です、自然になんかできるはずがありません」
 「日向君もそう思うのね、賛成だわ、私もそう思う。あれは人工的に建造された建物よ」
 「建造物の大きさですが、東西に約二キロメートル、南北に約三.五キロメートル。巨大な十字架に
みえます」
 「どういうことなんでしょうか、使徒と関係があるんでしょうか」
 「青葉君、あなたどう思う」
 「それは…もし関係があるとすれば、使徒は建物を守っていると考えます」
 「槍は建物を攻撃しようとして高度を下げ、あの使徒がなんらかの方法でその軌道を
変更しているっていうのはどうお」
 「MAGIは使徒と建物の間に何らかの関係がある確率は九十三%と試算しました」伊吹マヤが報告した。
 「使徒が槍を通過させるまでの間、攻撃は控えるように」葛城ミサトは初号機と四号機に命令した。
 「了解」
 「了解ですわ」
 全員が固唾をのんで使徒と槍の映像に見入った。
 槍は高度を下げ、建物に向かって一直線に進んでいた。そのまま進めば建物に激突する。
 使徒はこんな真空中でさえ目視できるほどの強力なATフィールドを発生させた。
 「ATフィールド発生、槍に対して圧力をかけています…牽引力です」
 「建物からもATフィールドが放射されています、こちらは反発力です」
 「上下からATフィールドで槍を挟み込み、元の軌道にもどしているんだわ」
 「槍の軌道が変わりました、上昇しています…計算上の軌道に乗りました」
 「ATフィールド消失」
 「そういうことか、あの建物はおそらく使徒の巣ね」
 「でなければ、槍があれほど敏感に反応するはずがないというわけね、葛城三佐」
 「そういうリツコはどう思うのよ、言ってみて」
 「全面的に賛成するしかないでしょうね、この観測結果は余りに明白よ」赤木リツコは煙草を灰皿に
こすりつけて消した。「でも、使徒にも槍は破壊できないし、追い払うこともできない。
だからああして毎回元の軌道にもどすのがせいいっぱいなんだと思うわ」
 葛城ミサトは改めて巨大スクリーンの使徒を見上げた。
 「シンジ君、トウジ君、あんたたちであの使途を殲滅できるかしら」
 「そりゃあ…やってみなきゃ」
 「ワシの全力を出しきって倒してみせます、ワシはそのためにここにおるんやから」
 葛城ミサトは黙った。
 レイには葛城ミサトの心が手に取るように分かった。二機のエヴァでどれだけの破壊力を発揮できるか、
心の中で計算しているのだ。
 それがどのくらい人類にとって打算的か、それとも公平な数字なのか、それを知る手だてがなかった。
 「持たせた武器といえばプログレッシブナイフだけ…あんた達、それでもやれる?」
 「はい」
 「もちろんですわ」
 「じゃあやりましょう、エヴァ初号機、四号機…」
 「私は?私は参戦してはいけませんか」
 「五号機は現状を維持、情報収拾と伝達に勤めなさい」
 「…はい」
 「全周波数帯にわたる綿密な観測を実施して、これから起きる事象を可視光以外のスペクトルでも
収集すること、さらに周辺宙域で生じるどんな事象も見逃してはだめよ」
 「了解」ヒカリの声は一段と緊張を高めた。
 葛城ミサトは一段高い場所に座って巨大スクリーンをながめている碇ゲンドウを半身の姿勢で見上げた。
 「よろしいですか」
 碇ゲンドウは逡巡しなかった。「まかせる」
 「はい」
 まさに儀式だ、とレイは思った。こうしてネルフの全機能が戦闘状態にはいるのだ。
 「エヴァ初号機、四号機、使徒を殲滅のため、攻撃開始」
 「了解」
 「了解しました」
 二機のエヴァはATフィールドの波に乗り、使徒に向かって殺到した。
 ふたりは思念を交わした。
 「トウジ、どうする…あの翼は飛行に役立っているんだろうか」
 「あれは飾りや。ATフィールドで飛んどるに決まっとろうが、ワシらといっしょや」
 「両腕の動きに注意しつつ頭をねらおう、ナイフで切り裂いてやる」
 「よっしゃ、ワシが先行して注意を引かせよう」四号機は初号機の前に出、二機はたてに並んで突進した。
 使徒の両腕がエヴァを粉砕しようと動いた。大気がなく、抵抗のない両腕は、これまでチルドレンが
見たこともないほどの速度でエヴァに伸びた。
 しかし、ふたりの操縦技術はその動きに追従し、四号機が使徒の顔面から真上に軌道を変えて速度を
わずかに下げると、使徒の両腕は四号機を追って上に上がり、直後の初号機は無防備の使徒の顔面に
正対した。
 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」シンジは両腕で構えたプログレッシブナイフの刃を上に向け、
使徒の頭部をあごから頭まで切り裂いた。ナイフの刃はほとんど抵抗を感じないままに使徒の頭部に
深々と刺さり、切り裂いた。
 使徒の切り裂かれた傷口から真っ赤な液体が吹き出し、その反動で使徒の身体はのけぞった。
 吹き出した液体は即座に細かな霧となって凍り付き、あたりの空間に漂った。
 使徒は痛みを感じないように思われた。そのかわりに自らもATフィールドを発生させ、
二機のエヴァを追撃し始めた。
 「分かれよう」シンジは有声で提案した。
 「おぅ」トウジが答え、二機のエヴァは左右に大きく進路を変更した。
 ふたりの間の思念はあいかわらず活発に情報を交換していた。
 「追われるほうは徹底的に逃げる、自由なほうは後ろから攻撃する」
 「了解や」
 使徒は初号機を追尾した。おそらく顔を切り裂かれた復讐を果たすためにまず初号機を攻撃対象に
選んだのだろうが、これは使徒にとって失敗だった。攻撃力は四号機のほうが上なのだから。
 四号機の真っ黒い機体は急速に反転すると、またたく間に使徒の背中に接近し、右側の翼の根本に
ナイフを深々と差し込んだ。そしてえぐるように刃を回転させると、そのまま力任せに切り裂いて
翼を切り落とした。
 切り落とされた翼はゆっくりと月面に向かって落下して行った。切り裂かれた傷口から、
赤黒い液体が吹き出し、四号機の機体も飛び散った血液の一部を浴びて黒から赤に機体の色を
変えていった。
 ふたりのチルドレンが予想した通り、翼は使徒の飛行には役立っていないものだった。
ATフィールドが使徒の身体を空中に保っていた。
 使徒は四号機が自分の翼の片方を切り取ったことに気づかないかのように初号機の追撃を続けた。
 当時はさらに切れ味のにぶったナイフの刃を捨て、新しい刃を伸ばすと今度はその傷口に刃を
差し入れ、肩から腕に向かって切り裂いた。
 刃はまるで溶けかけたバターのように使徒の身体を切り裂き、肩から右腕をほとんど切断した。
 「なんちう脆い相手や」
 「トウジ、油断するなよ」
 「うむ、わかっとる」
 地上では作戦司令室の全員が、送られて来る戦闘映像に見入っていた。
 「使徒の規模と戦闘力の差がありすぎです」青葉シゲルが報告した。「過去の情報に
照らし合わせても、あの使徒は弱すぎます」
 「槍を阻止するだけのために存在していたのではないかしら」赤木リツコが言った。
 「つまりATフィールドの牽引力発生以外の能力をほとんど持っていないということなの」
 「想像よ、何の根拠もないわ」
 「でも可能性の高い想像ね」
 「ありがとう」
 四号機はさらに刃を振るって使徒の肩から背中を切り裂いていったが、あたかも小動物が
ゾウの背中で暴れているようなもので、深刻な損害を与えられないでいた。
 上半身の背中側を傷だらけにされ、片方の翼と腕を失っても、使徒の動きには何の変化もみられず、
初号機の軌道を追従して残る左手で初号機を捕らえようとしていた。
 「トウジ、碇君、できるならその宙域から離れないで行動してちょうだい」ヒカリが口頭で言った。
「補足しきれなくなるのと、あなたたちと建物の両方を一度に観測できるのはここが最適なの」
 「了解」
 「ええで、任せや」
 ひとしきり戦闘の膠着状態が続いた。
 初号機を先頭に乱数表を読むような軌道を使徒が追い、その背中では四号機がもう替え刃の
なくなったナイフで使徒を切り裂き続けていた。
 「何とかしないと時間が過ぎるばかりだわ」葛城ミサトはあせっていた。使徒にはなくてもエヴァには
活動限界時間がある。戦闘を長引かせるのは不利だった。
 「槍接近」ヒカリが報告した。「槍の捕捉を試みます」
 「え…」葛城ミサトは絶句した。それがそもそもの使命だったにもかかわらず、ヒカリが自己判断で
動いたことに衝撃を受けたのだ。「よし、やってみて」
 「了解」
 五号機は一時的に戦闘の観測を第一目標からはずし、接近して来る槍の捕捉を試みた。
 軌道を変更し、槍との相対距離をつめていく。まずは正面から接近して百八十度回頭し、
近距離同調軌道を取ってさらに相対距離を下げ、最後に両腕で槍をがっちりと握り締めた。
 「…捕捉成功」
 作戦司令室に一瞬ほっとした空気が流れた。
 そして次の瞬間、ヒカリは叫んだ。「初号機、四号機、使徒より離脱!ロンギヌスの槍により使徒を
殲滅する」
 「ええっ!」
 「使徒はまだATフィールドを発生できているのに」
 五号機のヒカリは槍を投擲体制に変え、高速で移動しながら目標を補足した。
 「ち、ちょっと待っ」
 葛城ミサトの命令は間に合わなかった。
 ヒカリは使徒に向かって全力で槍を投擲した。あっというまに槍は使徒の身体を捕らえ、腰の辺りに
突き刺さり、そのまま貫き通すかと思われた。しかしそうはならなかった。そのかわりに二股に分かれた
柄の部分までが使徒の身体に深々と突き刺さり、地上に向かって急降下し始めた。
 「あれは…」シンジは思わず声を出した。
 墜落する使徒の先には、あの人工の建造物があったのだ。
 「委員長、計算して投げたのか」シンジは思念を送った。
 「もちろん」ヒカリの返事は短かった。
 そして三機のエヴァが見守る中、巨大な使徒は槍とともに建物の中心、東西と南北に伸びる建物の
交差する部分に落下し、そのまま建物を破壊し、あたりに大小さまざまな大きさの破片を飛散させ、
動かなくなった。
 「使徒、活動停止」伊吹マヤが五号機の情報を解析して報告した。
 作戦司令室の誰もがそれに応えず、ただ黙って破壊された建造物の中に横たわる使徒と、
突き刺さった槍の映像をみつめていた。
 建造物の中心は使徒によって完全に破壊され大きく陥没していたが、建物はさらに大きく
東西南北に伸びていた。
 そして、初号機は破壊された瓦礫の山の間に大きく開いた空隙を発見した。
そこから大量の気体が吹き出し、あたりに粉塵をまき散らしているのだ。
 「偵察を続行します」シンジはその孔に向かって降下しながら報告した。
 「ワシも」四号機が続いた。
 「待って…」葛城ミサトは言いかけたが、すぐに決定をひるがえした。「十分注意して。
まだ何があるかわからないから。探知装置の感度は最高にあげてね」
 「了解」
 「了解です」
 「五号機は観測位置にもどり、観測を続行」
 「了解」
 レイはシンジの目を通して破壊された建物に迫った。
 明らかに巨大な使徒が出入りするために建設された縦坑だった。
 二機のエヴァは孔の縁に着陸して中をのぞき込み、なにか見えないか、動くものはないか
しばらく様子をみた。
 しかし、内部からは何の反応もなく、ただ大量の気体が粉塵を巻き上げながら吹き出して来る
ばかりだった。
 「この気体は、空気です」シンジは分析結果を報告した。「窒素、酸素、二酸化炭素…組成比も
ほとんど同一です」
 レイは孔の中にあるものが予想できたような気がした。
 「碇君、気をつけて」
 「わかった」
 ふたりの思念を合図に初号機と四号機は同時に孔に向かって機体を投入した。
 吹き出して来る風にさからないながら、二機はゆっくりと孔の中を降下していった。周囲の壁は
金属製で、ところどころにつなぎ目とそれを止めるためのリベットの頭が見えた。やがて孔の底に
向かってだんだんと明るい光が満ちて来た。
 「縦坑の底に到着…約五百メートル降下しました」シンジは報告した。
 縦坑の底は円形の部屋で、南北に二本の回廊が伸びていた。その両方から風が吹きつけ、ぶ
つかり合いながら縦坑を昇って真空中に発散して行くのだった。
 「どう、大丈夫?」ヒカリの声が流れた。「今、孔の直上で待機しているわ。作戦司令室とも
連絡を取っている」
 「すると、だいぶ高度を取っとる訳やな」トウジは心配そうに言った。「ええか、
ワシらになんかあったら、一目散に地球へ向かえ、間違っても助けるとかいうことはいらんぞ」
 「そうはいかないわ、まだ槍を回収していないもの」
 「トウジ、君の負けだね」
 「い、行くでワシは左の通路や、センセイは反対側にな」
 レイはトウジのそんな正直さが好きだった。
 シンジはトウジの指示にしたがって二股にわかれた北側の通路に進んだ。相変わらず猛烈な
向かい風だった。初号機は突風をものともせずに前進した。
 初号機の進んでいる坑内は、幅も高さも初号機の三倍以上あり、相当に巨大な使徒でも自由に
出入りができるように思えた。床、壁や天井はやはりおそらくは鋼材と思われる金属で
磨き上げられたように淡い光を反射していた。
 「扉や」トウジからの通信が入電した。
 「突破しよう」シンジはためらわなかった。シンジの前にも扉があって、すき間から突風が
吹き出していた。
 「外側の封印にたよりすぎや。中の気密はざるやで」
 「ああ」シンジは応え、巨大な取っ手をつかむと無造作に引き開いた。「うあぁ」
 レイの予想した光景があった。
 巨大な育成槽。
 レイ自身を育てたものの数十倍、数百倍の規模の育成槽が、その内部に数え切れない膨大な
量の使徒を育成していた。さまざまな姿形で大きさもまちまち、中には生物なのかを
疑いたくなるような外見を持つものもいた。
 天井はさらに高く、おそらくは地表の本当に近くまで届いているように思えた。左右の壁は
ゆるく曲線を描いて円形の空間を構成し、果てがあるのかと錯覚するほどの規模だった。
 「センセイ、こっちはでっかい倉庫や。中は空やで。そっちはどうや」
 「使徒だ」
 「何やて」
 「ここは使徒の生産工場だ。数え切れないほどの使徒がプールの中に浮かんでいる…トウジ、
さっきの分岐点までもどってよ、そうしたら五号機経由で情報を直接作戦司令部に届けられる」
 「わかった、すぐもどる」
 その時、レイは移動する視点の端に何かの影をみた。「碇君」レイは思念で呼びかけた。
「カメラ、もどして、ゆっくりと、もう少し視線下げて」
 「わかった」
 今度はふたりにもはっきりとわかった。
 「信じられない…ヒトが倒れている…僕らと同じくらいの歳にみえる…」
 ちょうどその時、初号機と作戦司令部が直接連絡できるようになった。
 「なんですって」葛城ミサトは叫んだ。「子供が倒れているなんて…一体どういうことなの」
 「ミサトさん、どうしよう、ほっとけないよ」シンジは言った。「救助します」
 「救助、って…プラグに入れるつもりなの」
 「他に方法ないでしょ、でなければ死んでしまいますよ」
 「帰りの酸素、足りるかしらね。青葉君、三機のエヴァの残存酸素量は」
 「初号機三00、四号機二二0、五号機六00」
 「帰りは初号機と五号機をドッキングさせましょう、それでぎりぎり間に合うわ。シンジ君」
 「はい」
 「出られるなら初号機をその位置で固定、その子をプラグに収容して」
 「現在気圧八二〇ヘクトパスカル、降下中。今ならまだ十分動けます、行きます」
 「気をつけて」
 「はい。LCL、一時タンクに移動」
 シンジはLCLを吐き出しながらエントリープラグから降り、月の低重力を利用してゆっくりと床に降りた。
床はこの強風にあおられているためか塵一つなく、これまで誰一人歩いたことがないような
よそよそしさがあった。
 シンジは、倒れている少年に近づこうとした。
 「わあっ」シンジは低重力になれていないうえに強風にあおられて体勢をくずした。
「こりゃあ、ゆっくり確実に動かなくちゃ」
 そして、ちょうどカンガルーのように小刻みに飛んで歩くのが一番効率がいいとわかると、
倒れた少年の
ところまで近づいていった。
 少年は全裸でうつぶせに倒れていた。
 レイと同じ、銀色の髪が風にあおられて揺れていた。全身は真っ白だった。やせ気味で身長は
シンジよりも少し高いくらい、年齢は同じか少し上に思えた。
 シンジは少年の首に指を当て、脈があることを確認した。
 「生きてる」
 シンジは少年を担ぎ上げた。低重力のおかげで簡単な作業だった。そして、また
カンガルー飛びの要領でエントリープラグまでもどると、少年と供にプラグにはいった。
 「LCL充填」
 「初号機のシンクロ率は」葛城ミサトが質問した。
 「シンクロ率八十八、行動に支障はありません」伊吹マヤが応えた。
 葛城ミサトは腕を組んだ。
 「トウジ、映像はもう十分だ。君もこっちに来て直接見てよ。すごい規模のプールだ」
 四号機は入口まで来ると、圧倒されたように立ち止まった。
 「…センセイ、こいつら…どうする」
 「破壊する」シンジは迷わなかった。「人類の脅威にはさせない」
 「いいですね、ミサトさん」それは質問ではなかった。
 「やりなさい、シンジ君。完膚なきまでに破壊して」
 「分析してみたいものね」傍らで赤木リツコがつぶやいた。「忘れて頂戴、科学者の戯れ言よ」
 「もう、武器がない。直接攻撃で壁を破壊するしかないな」
 「おう、やったろうやないけ」
 二機のエヴァは並んで育成槽と正対した。そして、内側の腕、初号機は右腕、四号機は左腕で、
同時に育成槽の透明な壁の一ヶ所を全力で殴りつけた。
 壁は紙のようにもろく破れ、大量の薄い黄色の液体が流出する勢いでその破れ目を轟々と
音を立てて広げていった。
 「撤退しよう、このままではこちらも危ない」
 「うむ」
 二機のエヴァはATフィールドの力で浮き上がり、全速力で来た通路を戻った。
 そして、縦坑を昇り月面に出た。初号機はそのまま上昇を続けたが、四号機はいったん上昇を中止し、
まだ使徒の死体に突き刺さったままの槍の柄に手をかけ一気に引き抜いた。
そして孔から大量の空気と液体と、真空に投げ出されて破裂する使徒の破片とがまざった噴水を
ながめながら初号機の後を追った。
 三機のエヴァは再び一同に会した。
 「酸素が必要なんだ」シンジはヒカリに言った。「予備の酸素をわけてよ」
 「了解、チューブを出すから受け取って」
 シンジは五号機から伸びる酸素の満たされたチューブをつかむと、初号機のプラグに接続した。
 「任務完了、帰還します」
 「ごくろうさま、待ってるわ」
 三機のエヴァは並んで加速した。
 遠ざかる月の表面はみるみるうちに小さくなり、それでもまだ使徒の巣だった孔から吹き上げる
大量の物質が宇宙空間に発散していくのが見えた。さらに倒された使徒を中心とした一帯の
地表がゆらぎ、大地に大きな亀裂を生じて陥没して行った。あらたな亀裂からも空気や液体や
大小さまざまな使徒の身体を構成していた物質が引きちぎられたような、破裂した破片のような
ぐずぐずのかたまりとなって吹き出して来た。
 「これで、使徒の侵攻は二度とないちうわけやな」トウジの声は弾んでいた。「ワシら、やったんや」
 「うむ、やったね」
 「よかった」ヒカリの声には心からの安堵の口調が感じられた。
 一方、ネルフの作戦司令部では青葉シゲルが叫び声を上げた。「成層圏監視衛星より緊急入電、
予定外飛行物体接近中…パタン青、使徒ですっ」
		

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