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Wounded Mass - ss:11

異形の心

 本当に大切なものは失うまで気がつかないものだ、とレイは思った。
 レイの心の中に通奏低音のように絶えず流れていたシンジの心の脈動がない。それだけで
心はこんなにも空虚になるのかとレイは思った。それはまさにシンジが知覚可能な既知の宇宙から
消滅したことを示していた。
 「アスカ、レイ、後退するわ」
 「待って」レイは答えて前方の風景を写しだしている映像を見つめた。「初号機と碇君が」
 「命令よ、下がりなさい」
 巨大な球体と、明らかに何らかの関係のある無気味な黒い影。
 レイは零号機を待避壕に向かわせながら、移動する映像から目を離せなかった。
 「碇君…」レイは小声でささやいた。シンジに届いてほしい、という願いを込めた。
 零号機は二号機の隣の待避壕にはいり、床が沈むにつれて頭上では頑丈な隔壁が音を立てて
何枚も何枚も閉じていった。
 「ご苦労さん」
 エントリープラグから降りると、ミサトが出迎えた。
 「はい」
 「ゆっくり休んでね、ただし、何か動きがあったらすぐにまた出てもらうわ」
 「はい」
 レイはミサトに軽く頭を下げると格納庫を出て仮眠室に向かった。誰にも見られずにシンジを
捜したかったのだ。
 そして、割当てられている部屋にはいるとプラグスーツを脱ぎ、まず新しいスーツを準備して
すぐに着られるようにすると、そのまま寝台に横になった。シンジを捜す行為は相当に
消耗することが予想できたので、少しでも楽な姿勢でいたかった。あおむけに横たわり、
全身の力を抜くと心の触手をいっぱいに広げ、シンジの心を捜し求めた。
 心の触手は一瞬で地上のすべてを覆いつくし、シンジの存在を見つけられないままに
レイの心にもどってきた。
 ではやはり使徒との接触は不可避なのだ。
 レイは深呼吸して目を閉じると、心の触手を地上に広がる黒い影に向けた。
 レイは影との接触に逡巡した。
 影は、何の動きもなく、今は静止していた。ほんの数十分前にこの影が初号機とシンジと
何棟かの高層ビルを飲み込んだのだ。
 レイはそっと影にすべり込んだ。
 冷たい水で満たされた夜のプールに身を沈めていくような恐怖があった。底が見えず、
どれだけ深いのかも分からず、しまいには引き込まれてしまうのではないかという恐怖。レイは
その薄い膜のような影の中に沈みこんだ。
 もどれるのだろうかという疑問がまずわいた。次の瞬間レイの意識は自分自身の中に
もどっていた。すると、途中までは大丈夫らしいという安堵が得られた。
 レイは改めて影に心を伸ばし、今度は不退転の決心を固めてどこまでも深く広がる影の中を
すすんだ。
 完全なる虚無。何もない空虚な世界がそこにあった。始まりも終わりも、入口も出口も、
距離も質量も光も闇も音も臭いも味も手ざわりも、全ての感覚が無反応だった。
 しかしそれはまちがいなく使徒の心の風景だとレイは分かった。
 余りに異なりすぎた心の構造を把握しきれず、あたかもそこにはなにも存在していないように
感じているだけなのに違いない。心の力、洞察力は既知のどのような科学技術とも縁のないもの
なのだとレイは思った。何体か前に倒した使徒の体組織を分析したとき、その遺伝子はヒトの
それとほとんど同じだと赤木リツコが驚いていたことをレイは思いだした。使徒は、
人類が営々と築き上げてきた科学技術の延長上、それもかなり先端に位置する、いわば超科学の
産物なのだろう。しかし、今レイが操っている心の力は、かつて人類が一度も経験したり
研究したことのない、誰一人知ることのなかった新しい力なのだ。
 なぜ今このときにチルドレンだけがこの力を授かったのだろうとレイは思った。使徒を
倒すためなのか。使徒の正体は何なのだろう。誰が使徒を造っているのだろう、何のために、
どうして今。そして使徒の意図を妨害する勢力がいて、自分はその尖兵となってエヴァに
乗っている。これは何かの代理戦争なのだろうか。それとも使徒は地球に生じた人類という
病原体を駆除するために送り込まれた治療薬なのかも知れない。
 何もかも推測に過ぎず、そのうちどれが真実なのかを示す証拠は何一つない。
 まったくの空虚な世界を探求し、なにも発見できないままにいつのまにかレイは心の中で
思索をめぐらせていた。
 やがて、この何もない世界にある種の偏りが生じたのをレイは感じた。その偏りは最初
本当にかすかな波のようにレイの心を通過していき、しかも不規則で長い間隔をおいていたので、
レイはその波のような偏りがいつから生じていたのか気がつかなかった。レイはこれまでの
シンジやアスカ、その他のチルドレンや、ミサトと情報部員の心の形を順番に思い浮かべたが、
今レイの心に触れていく波形はそのどれとも全く異なったもので、およそ人の心の形とは
とうてい想像できなかった。 ではこれは使徒の心なのだとレイは思った。私は今使徒の心を
偵察している。どこかに、碇君の存在を示す情報があるかもしれない。
 レイは心にふれた波に方向や指向性がなかったかをもう一度調べた。
 しかし、方向も距離もない世界では、波の発信元をたどるのはできない相談だった。
 レイは次に現れる波を待って、そのかすかな揺らぎがレイの心をかすめると、その最後の
残滓を捕らえて後を追った。
 波は指向性のあるものではなく、方向もないこの世界の中をあまねく広がっていくように思えた。
レイは自分の心の触手をますます広げていき、波のめざしているものを見極めようとした。
レイの心の触手は脹れ上がり、ひとつひとつの受容体はこれまでになく小さくなっていった。
そしてついに消滅してしまうと思われるほどに細かくなり繋がりの希薄になった心は、突然
それまで何もないと思っていた心の空間が実は感知不能だったにすぎない存在で満たされていた
ことに気付いたのだった。
 レイは愕然とした。全くの虚無の世界だと思っていたのが、突然情報に満たされたのだ。
 使徒の心をのぞいているんだとレイは思った。使徒にも心があって意志の疎通が
可能なのだろうか、だとしたらそういう相手を殲滅している自分たちは殺人者なのだろうか。
レイはこの思いに自分の心を握りつぶされるような気がした。
 レイはその苦い思いをかかえたまま、使徒の心を観察し始めた。
 すぐに分かったことはそれは単なる情報の羅列で、そこには自我というものが感じられない
ことだった。
 私は、私の、私を、私に、という自己主張、また、私の好きなこと、きらいなこと、
嬉しいこと、悲しいことといった感情の一切がなく、ただ画像と音声の情報が
時系列も空間も無関係に無秩序に乱雑に存在するだけだった。
 これではコンピュータのデータと同じだとレイは思った。回路に有機体を使用した、
生体コンピュータも同様だ。レイは少し気分が楽になったのを感じた。
 今、レイは使徒の心を通じてまさに現時点での第三新東京市と使徒迎撃体制にある戦自の隊列、
そしてその一隅に位置する特務機関ネルフの野戦司令部を見ていた。画像は鮮明で、いくらでも
拡大できた。事実、ネルフの職員が持ち歩いている書類挟みに止められた手書きの文字を読むこと
さえできた。音声もまた完璧で、肉声だけでなく電波情報も全周波数帯をくまなく傍受していた。
また、どうやっているのか原理はわからないが、空間的につながってさえいれば、援体の裏側や
トンネルの向こう側、入り組んだ排気口の果ての地下室の情景まで音声とともに
手に入れることができた。
 レイはこの情報収集能力の高さに息をのんだ。分析力はともかく、原データをこれほど大量に
正確に収拾されていたとは夢にも思っていないことだった。ただ、この大量のデータが一見して
何の整理もされず索引付けもなしにただ蓄積されているだけで、これで果たして後から
利用することができるのか分からないことだけが救いだった。
 また別の領域では影が飲み込む高層ビルの基礎を、まさに飲み込む側からの映像として捉え、
同時に上空の、おそらくは球体の位置からの映像として眺めていた。
 碇君はどこ、レイはあちこち捜し回った。初号機が飲み込まれるシーンはどこなの、碇君は
今どこにいるの。
 初号機が飲み込まれるシーンはやがてみつかった。シンジの叫び声は影に飲み込まれた後も
続いていた。しかし、使徒の心の情報は初号機とシンジがその後どこに連れ去られたかを教えて
くれなかった。高層ビル群もまた同様に消滅していった。使徒の手の届かないところに
送られたのだろうか。レイは焦り、使徒の心のデータを何度も何度も精査した。初号機が使徒の
心のデータ域から消滅する瞬間を、詳しく、何度も、あたかも映写機のフィルムを
コマ送りするように細かく検査した。 空間が歪められていた。使徒のデータ収拾能力は
驚異的だったが、それは既知の空間までだった。使徒の黒い影は、間違いなく現在の科学では
観測不能な世界、どこか違う世界への一方通行の入口となっているのだ。
 レイはその向う側に広がる世界についてなにか分からないか探ってみた。
しかし、どんなに捜しても、影が作り出す門をくぐった世界に関する情報を使徒の心に
見つけ出すことはできなかった。
 レイは消耗し、疲れ切っていた。
 自分の心だけでなく、身体もまた疲れていることにレイは気づいた。
 時間の感覚はなかったが、すでに数時間か、もしかしたらそれ以上の時間が
経過しているのかもしれなかった。
 レイはついにそれ以上の接触をあきらめることにした。そして、自分のこの接触を使徒が
気づいているかどうかについてあらためて走査してみた。結果は、気づかれていない、とレイは
結論づけた。レイについての使徒の持つ情報は全て映像と音声によるもので、使徒の侵攻を
阻止すべく初号機で出撃した場面から始まり、初号機が待避壕に収容されるところで
終わっていた。それ以外の情報は、なし。音声も同様。その他のより抽象化された情報の中にも、
使徒の心の中にレイが侵入したことを示唆するものはなかった。
 レイは後ろ髪を引かれる思いで使徒の心の中をさまよった。もう、これ以上シンジに関する
情報は存在していないのだ、ここにいることは時間の無駄だ、そう分かっていてもレイは使徒との
接触をなかなか切断できなかった。そのかわりに使徒の心の中をあてどもなくさまよい、
何かシンジに関するものがないかと未練がましく情報をたぐっていった。
 突然レイの見る情景が変化した。夜。灰色の砂漠。音のない世界。レイはこれほど異質な風景を
見たことがなかった。奇妙にゆがんだ地平線まで、降るような星ぼしが満点に輝き、地表に
転がる岩が薄い影を伸ばすほどだった。大小さまざまな大きさの岩は無秩序に散らばり、
その全体を、風景と同じ濃い灰色の細かい塵がびっしりと被っていた。どれほど目をこらしても、
岩と砂と塵以外、植物も動物も昆虫も、生命の存在はまったくなかった。レイはその風景を
しっかりと記憶した。これは使徒が侵攻する前に観測した風景の可能性がある。
 さらに驚く情景がみつかった。明るく照明された巨大な人工の空間が広がる、機械で
満たされた光景だった。くもぐった音が響き、時々不規則な衝撃音が短く響いた。人影はなく、
機械も、おそらく運転されているのだろうが目につく可動部分はなかった。
 その奇妙にゆがんだ風景とくもぐった音声情報をレイはよく知っていた。
 保育槽から見る風景だった。
 レイは全身を恐怖に包まれながら使徒との接触を断った。
 空調の効いた室内で、寝台の敷布はレイの汗でびっしょり濡れていた。
 レイは天井を見上げたまま全身を震わせ、しばらくの間身動きができなかった。
レイは歯をがちがちと鳴らした。
 保育槽だ。使徒は私と同じ方法で作られている。誰かが使徒を作っている。
 レイは深呼吸した。緊張がゆっくりとほどけていき、レイはほっとした。
 時計を見上げる。部屋にはいってから十時間経過していた。
 レイは汗のにじんだひたいを手の甲でぬぐい、ゆっくりと頭をふった後肘をついて上体を
起こした。
 両足を床に落としたが、ひざに力がはいらず立ち上がれない。レイは寝床に両手をつき、
上体を引き上げたが、そのままの姿勢で前に倒れ込んでしまった。骨がゴムでできているような、
クラゲになってしまったような気がした。全身に力がはいらない。消耗しきってしまったのだと
気づいたがどうしようもなかった。
 「セカンド」レイは心で呼びかけた。「動けない。助けて」
 「まずいわね」アスカはその時建物の屋上に上がっていて上空で静止した使徒の球体を
見つめていた。「アンタの部屋に行く口実がないわ…そのままでいればどうお。
どうせ監視されてるんだからなんかあったらすぐに誰か来てくれるわよ」
 「そうだった」レイは目を閉じたまま同意した。「気がつかなかった…それほど疲れている
みたい」
 「ああ…何てことやってたのよアンタ…」アスカはレイから使徒の情報を送られると両手で
手すりを握り締めて衝撃に耐えた。「信じられない…よくこんな危険なことを…」
 「碇君の消息を知りたかったから」レイはそのままの姿勢で思念を送った。「でも、
何も見つからなかった。碇君、どこか、他所の世界に行ってしまったみたい…どうやったら
もどって来られるのか…わからない」
 アスカがうつむいたのが分かった。「方法は分からないケド、何としても取り戻さないと」
 レイの部屋の入口の上で真っ赤な光が点灯した。続いて耳ざわりな警報音が響いた。
扉の強制解放を予告している。
 「セカンド、あなたの言うとおりになったわ」
 「出撃までに体調をもどしてよ」
 「わかった」
 扉がきしみ、摩擦音とともに少し動いて、廊下からひとすじの光がたてにはいってレイの
身体を二つに割った。その光はすぐに幅を増しレイの全身を照らし出した。前面が真っ黒で背面が
真っ白な看護服姿の女性が二人、白と黒の二色の布を広げて室内に駆け込んできた。「綾波さん、
どうしたの」「大丈夫」そしてレイの身体に布をまきつけ、二人がかりで床から持ち上げた。
続いて膝の高さの移動寝台が音を立てて押し込まれてきた。二人はレイを寝台に乗せ、
高い柵を立ててレイが転げ落ちないようにした。
 レイは目を開いた。
 心配そうな二人の女性と一人の男性がレイを見ていた。
 「ありがとう」
 「何があったの、どうしたの」一人の女性が聞いた。
 寝台はすぐに男性が押して移動し始めた。二人の女性は寝台の両側に一人ずつついて、
横から押すのを手伝っていた。
 「あの後すぐに寝てしまって」レイは嘘をついた。「何も食べていなかったので、疲れて
立てませんでした」
 「それだけ、それだけなの」
 「はい」
 「とにかく検査します、動かないで」
 「はい」
 寝台は医療室にはいった。
 「赤木博士が診るの」レイは尋ねた。
 看護婦は首を振った。「赤木博士は現在、使徒の分析作業が最優先です」
 レイは黙ってうなずいた。リツコでなければだますのは簡単だ。血圧、血液検査、脈拍、
簡単に数値を改竄して示せる。
 そしてそういうことになった。
 レイは軽い脱水症状と栄養失調ということになり、一時間ばかりの間に栄養剤の点滴を受けて
回復した。
 点滴を受けている間に誰かがレイの部屋までプラグスーツを取りに行ってくれた。
 レイはありがたく受け取り、点滴が終わるとその場でプラグスーツに着替えた。
 指示はまだ出ていなかったが、レイは自分から野戦司令部に向かった。
 そこはまったく動きのなくなった使徒の影を見下ろすことのできる巨大な高層ビルの屋上で、
すぐ隣には戦自の前線本部が設置されていたが、今はネルフの司令部同様動きはなく、
使徒の動きを固唾をのんで監視しているという風情だった。
 レイは戦自の野戦本部を横目でちらりと眺めるとネルフの天幕に歩を進めた。
 「やれやれだわ。独断専行作戦無視、まったく、自業自得もいいとこね、昨日のテストで
ちょっと結果が出たからって、『お手本を見せてやる』?ははーん、とーんだお調子者だわ」
アスカの声が響いた。アスカは先にここに上がって来ていて、ネルフの職員が右往左往するのを
それまで黙って眺めていたのだった。その声はこれ聞こえよがしだった。
 レイはアスカも同じように不安なのだということが痛いほどわかっていたから、アスカの
その芝居に荷担することにした。そして、アスカに歩み寄り、黙ってアスカを見つめた。
 ネルフの職員が二人を遠巻きにし、意識しないように観察していることにレイは気づいた。
ここまでは上々だ。アスカ、もうひと声。
 「な、なによ、シンジの悪口を言われるのが、そんなに不愉快?」
 レイは言った。「あなたは、ひとにほめられるためにエヴァに乗ってるの」
 アスカは胸を張った。「ちがうわ、他人じゃない、自分で自分をほめてあげたいからよ」
 見かねてミサトが口をはさんだ。「やめなさい、あなたたち…そうよ、確かに独断専行だわ。
だから、帰ってきたら叱ってあげなくちゃ」
 「レイ」ミサトは口調を変えた。「あんた、部屋で倒れたんですって、大丈夫なの」
 レイはうなずいた。
 「乗れるのね、エヴァに」
 「はい」レイは首をかしげた。「出撃ですか」
 ミサトは首を振った。「まだよ。リツコから指示があるわ…今回の作戦、リツコが
全部指揮をとるから」
 「リツコがどうして」アスカが割り込んだ。「ミサト、どうしてアンタが指揮取らないのよ」
 ミサトは少し悲しそうな顔で微笑した。「シンジ君を失うのは私のミスだ、と言われたわ。
反論できないわね」
 「だってそれは…」アスカはくやしそうな口調だった。
 「あと…三時間くらいで初号機の活動限界になるわ。その前に出撃命令があるでしょう」
 ふたりはエントリープラグに移動して待機した。
 「ファースト、この記録、どうするつもり」アスカが心の接触を求めて来た。
 レイはエントリープラグでゆっくりと身体をくつろがせながら考えた。「まだ、分からない」
 「そうねえ」アスカも同意した。「今のところはシンジ以外誰にも教えられないわ。
どうやって知ったか聞かれたら返事できないものね」
 「そうよ」レイはしばらく黙った。「シンジ君、これを聞いたらどう思うかしら」
 「帰ってきたら聞いてみれば」アスカは実利的だった。そしてあいさつもなしに接触を切った。
 レイはしばらくの間自分の記憶の中のシンジと使徒の情報を交換し意見を聞いたが、
記憶の中のシンジも使徒の造物主について興味を持ったものの、レイが気づかなかった点に
ついての新しい発見はできなかった。
 「エヴァンゲリオン、リフトオフ」二人は出撃した。
 そして、総攻撃のわずか数分前、初号機は上空の球体を内側から破壊し、使徒から溢れ出た
真っ赤な体液にまみれて地上に降り立った。
 初号機は活動不能のはずだった。シンジの生命維持に必要な最低限のエネルギー以外には
なにも持っていないはずだった。
 その初号機は暮れなずむ第三新東京市の中心街に立ち、勝利の雄叫びをあげた。
 「わたし達…こんなものに乗っているの」
 アスカの脅えた声がレイの耳に、ミサトに、そして野戦司令部に流れた。
 失われていたシンジの心を再び捕え、レイはその心の今は細い絆を二度と逃すかと包み込んだ。
シンジの暖かくやさしい心が再びレイの心と混じりあい、レイは自分が自分でなかったような
失われた気持ちをやっと振り切ることができた。レイはエントリープラグの中でひとり目を閉じ、
シンジの心を介抱した。
 翌日、レイは、放課後、意識を失ったままのシンジが担ぎ込まれた病院をたずね、病室で
シンジの意識がもどるのを待った。
 シンジは規則的な安らかな呼吸で眠っていた。血圧、心拍、呼吸、全て異常なし。今は単に
眠っているだけで、しばらくすれば目を覚ますだろうと医者は言い置いていった。
 やがてシンジはかすかなため息をついて目を覚ました。
 そして上体を起こし、寝台の傍らに座るレイを見つめた。
 二人はだまって見つめ合い、次の瞬間にそれまでの記憶を交換した。今は監視されている。
それ以上のことはできなかった。
 レイは言った。「今日は寝ていて。後はわたし達で処理するから」そして立ち上がり、
鞄を持って出口に向かった。
 「うむ、でももう大丈夫だよ」シンジは言った。
 レイは振り向いた。「そ、よかったわね」
 そして扉を開いた。
 廊下にアスカが立っていた。
 レイはだまってアスカをちらりと見ると、扉を開け放したままそこを後にした。
 アスカは部屋の中をのぞき、黙って扉を閉じた。
 三人は心の回路を開いた。
 アスカは反対側の出口に向かい、シンジはまた横になった。
 「取れないや…血の臭い」シンジはつぶやいた。そして呼びかけた。「綾波、アスカ」
 「何、碇君」
 「どうしたの」
 「今度のことで一つ、確かなことがわかった…僕たちはいつだっていっしょに戦わないと
いけない…単独ではだめなんだ。今度の失敗はまちがいなく僕の独断専行が原因だった。
初号機のおかげでもどってこれたけど、これからもそうなる保障はぜんぜんない」
 「そうね」レイは心でうなずいた。
 「アンタ、反省以外にできることはないのかしらね。これからどうするか、とか」
 「ネルフには謎が多すぎるよ。一つずつ、調べないとだめだと思う。こんなあやふやな気分で
戦っていては、勝てる戦いも勝てなくなってしまう」
 「誰から調べる」アスカは聞いた。「ミサト、かな」
 「葛城三佐も全貌を知らされているわけじゃないわ」レイは指摘した。「今回、赤木博士が
指揮を取った、それが証拠よ」
 アスカは同意の感情を送ってきた。「おそらくリツコは知ってるわね、何もかも。でも、
それは同時に心の扱いに詳しい者ともつながってるっていうことだわ」
 「今はまだ赤木博士と接触する時期ではないと思う」レイは主張した。「赤木博士は危険よ、
私は怖いわ」
 「そうだね、僕も、そう思うよ」シンジも同意した。
 「使徒…もしかして、わたし達人間の存在が邪悪なものなのかしら」レイは自分の悩みの
根源的な問題を訊ねた。
 「はっ、何言ってんのよ」アスカは一蹴した。「戦いは、勝つためにやるのよバカバカしい」
 「そうね…そうなのね」レイは自分に言い聞かせるように同意した。「それが私達の
存在理由なのよね」
 「他に選択肢はないんだよ、綾波」シンジが言った。
 「選択肢はないのね」レイはつぶやき、アスカに悟られないように、シンジと交わした言葉を
思い起こした。僕は綾波を守るためにエヴァに乗って戦うんだ、と言ったシンジの言葉を。
		

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